今回は心不全治療薬でジギタリス製剤のジゴシンについてお話していきます。
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ジゴシンとは?
それではまず名前の由来からいきましょう。これはもうそのまんまです。一般名Digoxin:ジゴキシンからDIGOSIN:ジゴシンと命名されています。
ジゴシンの作用を簡単に説明すると、「心臓の収縮力を増強し、脈をゆっくりにすることで心不全症状を改善する」となります。
それではまず、刺激伝導系について簡単にお話していきたいと思います。
刺激伝導系とは?
刺激伝導系についてお話します。心臓には固有心筋(作業心筋)と特殊心筋と呼ばれる筋肉があります。
固有心筋は拡張と収縮、いわゆるポンプ機能としての役割を持ち、一方の特殊心筋は電気的刺激を起こしてそれを固有心筋に伝える役割を持ちます。
固有心筋は自分だけでは動くことができません。特殊心筋の電気的刺激を受けてはじめてポンプ活動を行うことができるのです。
この特殊心筋の電気的刺激が伝わっていく通路を刺激伝導系と言います。
この刺激伝導系についてもう少し詳しく見ていきましょう。下の心臓の断面図を見て下さい。
まず右心房の上の洞結節(洞房結節)で電気的刺激が発生します。この電気的刺激は心房を伝わり、心房を収縮させた後、房室結節に到達します。
房室結節に集合した電気的刺激はヒス束を通り、続いて心室中隔の両側を左脚・右脚の二手に分かれて進んでいきます。
そして心室全体に広がるプルキンエ線維に刺激が伝わると心室が収縮するのです。
電気的刺激は基本洞結節で発生しますが、房室結節、ヒス束、プルキンエ線維も電気的刺激を発生させる能力を持っています。
仮に洞結節の電気的刺激が不十分な場合でも、それを補うことができるのです。
しかしこの刺激伝導系のどこかで異常が生じるとどうなるでしょう。心臓が規則正しく収縮できなくなることが想像できるかと思います。これがいわゆる不整脈です。
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心筋の興奮とイオンの働き
心筋は電気的刺激を受けて興奮するとお話しました。これは心筋細胞の内外を陽イオン(カリウム、カルシウム、ナトリウム)が移動することにより起こります。
細胞膜にはNa+-K+ポンプと呼ばれる構造があり、3個のNa+を細胞外へ出し、2個のK+を細胞内へ取り込む働きを持っています。
これにより細胞内の陽イオンが1個少なくなるため、細胞内は-に、細胞外は+になっています。
Na+-K+ポンプにより、K+は細胞外よりも細胞内の方が多くなっているため、細胞外に出て濃度を均一に保とうとします。しかし細胞内は-に傾いており、K+は外に出ていけません。
このK+が移動できない状態を静止電位と言います。また細胞内外で電位差が生じているこの状態を分極と言います。
さてこの時に電気的刺激を受けると、普段閉じているNaチャネル(Na+の出入り口)が開きます。
すると細胞内は-に傾いていますから、Na+が一気に細胞内に入り込むことで細胞内が+になります。
これにより活動電位が生じると細胞が興奮し、心筋が収縮します。電位差に変化が生じる、分極状態でなくなるこの状態を脱分極と言います。
ただ、Naチャネルはすぐに閉じてしまうため、これだと活動電位を維持することができません。
そこで次にCaチャネルが開きます。細胞内にCa2+が入ってくると細胞内が+になり、K+が細胞外に出ていけるようになります。
細胞内に入ってくるCa2+と細胞外に出て行くK+の量が平衡状態となり、活動電位を持続させることができるのです。
しばらくするとCaチャネルは閉じますが、Kチャネルの一部は常に開いていますのでK+だけが出て行く状態になります。
その結果、細胞の興奮がおさまり静止電位に戻ります。この分極状態に戻る過程を再分極と言います。
心不全とは?
心不全は病名ではなく、心臓の機能が低下したことにより、血液を全身に送り出すことが十分にできなくなった状態のことをいいます。
心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患、高血圧などによる心筋症や不整脈、弁膜症など様々な病気が心不全の原因となります。
心臓が動かなくなったら死んでしまうわけですから、心臓の機能が低下することは非常に危険であるということは皆さんおわかりのことと思います。
そのため、心臓は多少機能が低下しても、それを補うだけの余力を残しているのです。これを代償作用といいます。
しかしその余力を使い果たしてしまうと動悸や息切れ、呼吸困難、むくみ、体がだるい、すぐに疲れてしまうなどの症状が現れてきます。
つまり、心不全の症状が現れた時には心臓は相当疲れている、と認識して頂く必要があります。
心不全には急性心不全と慢性心不全があり、前者は急激に心臓の機能が低下するもの、後者は徐々に心臓の機能が低下していくものです。
要は余力を急激に使い果たすか、徐々に使い果たすかの違いです。
先ほど心不全の症状についてお話しましたが、どのようにしてこれらの症状が現われるのかもう少し詳しくみていきましょう。
血液が心臓(左心室)を出て全身を巡り、再び心臓(右心房)に戻ってくる循環を体循環、心臓(右心室)を出て肺を通り心臓(左心房)に戻る循環を肺循環といいます。
心不全の多くは左心室の機能が低下することにより起こります。左心室の機能が低下すると、全身の臓器や筋肉に酸素や栄養素を十分に運ぶことができなくなります。
このため体がだるくなる、すぐに疲れるなどの症状が現れるのです。
また血液の流れが滞ることで、行き場を失った血液が血管の周囲に水分が染み出してしまいます。これがいわゆる浮腫(ふしゅ:むくみのこと)です。
浮腫は足に多く見られますが、例えば肺で血液の流れが滞る(肺うっ血といいます)とガス交換が十分にできなくなります。
すると息切れや呼吸困難が生じ、更に血液の酸素濃度が低下するため、皮膚や粘膜が青紫色になります。これをチアノーゼといいます。
チアノーゼになると、これを解消しようと心臓が頑張りますので心拍数が増加して動悸が生じます。
その結果、肺うっ血が更に進行して肺が水浸しになる肺水腫となり、非常に危険な状態になります。この場合、すぐに病院を受診する必要があります。
他に腎臓を流れる血液の量も低下しますので、尿量が低下し体重が増加します。心不全の方の夜間頻尿が増えるのは、仰向けになると下肢に溜まっていた水分が腎臓に流れるからです。
このように心不全にはさまざまな症状が現れます。
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ジゴシンの作用機序と特徴
先ほど心筋の細胞膜にはNa+-K+ポンプ(Na+/K+-ATPase)と呼ばれる構造があり、3個のNa+を細胞外へ出し、2個のK+を細胞内へ取り込む働きを持っているとお話しました。
ジゴシンはこのNa+-K+ポンプの働きを邪魔する作用を持ちます。つまり心筋内のNa+が増えることになります。
心筋にはNa+-K+ポンプ以外にも、細胞内へNa+を取り込み、Ca2+を細胞外へと出すNa+/Ca2+交換系という部分もあります。
しかしジゴシンにより心筋内のNa+が増えるとNa+/Ca2+交換系は「Na+が多くなってきたから外に出すか」となんと通常とは反対の働きをし始めるのです。
つまり細胞内へCa2+を取り込み、Na+を細胞外へ出そうとします。これにより心筋内のCa2+が増え、心筋の収縮力が増強されるというわけですね。
ジゴシンの特徴として腎排泄型であることが挙げられます。腎機能が低下している方は排泄が遅延する可能性があるため、1回量を減量したり、投与間隔を延長するなどして対応します。
また有効域と中毒域が近いため、Therapeutic Drug Monitoring(以下TDM)を行う事が大切です。
TDMとは薬物血中濃度を測定する事で、想定した有効血中濃度に達しており、また副作用を招くような中毒域に達していないかを確認する目的で行います。
ジゴシンは投与直前の血中濃度(Trough(トラフ)値と言います)を指標とします。有効血中濃度は0.8~2.0ng/mLとされています。
ジゴシンの副作用
注意が必要なのはジギタリス中毒。血中濃度が1.5ng/mL以上になると出やすくなります。
吐き気、嘔吐、下痢などの消化器症状、光がないのにちらちら見える、黄色に見える、かすむなどの視覚異常、めまいや頭痛、物事を認識できない(見当識障害)などの精神神経症状、徐脈、不整脈などの循環器症状などが主な症状です。
また低カリウム血症、腎機能障害のある方は注意が必要です。
カリウムが少なくなるとNa+-K+ポンプがうまく機能しなくなり、ジギタリスの作用が増強されてしまいます。
また、腎機能障害については先ほどお話した通り、ジゴキシンの排泄が遅延することで血中濃度が上昇するためです。
心不全の患者様は低カリウム血症を引き起こすラシックスなどのループ利尿薬、フルイトランなどのチアジド系利尿薬と併用されることが多いため注意が必要です。
ジゴシンの相互作用(飲み合わせ)
カルシウム注射剤(カルチコールなど)、スキサメトニウム製剤(レラキシンなど)は原則併用禁忌
です。
前者は静注することで血中カルシウム濃度が急激に上昇し、不整脈を誘発しやすくなるため。
後者は血中カリウム増加作用とカテコールアミン放出作用により重篤な不整脈を誘発する危険性があるためです。
それではジゴシンについては以上とさせて頂きます。最後まで読んで頂きありがとうございました。